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東京地方裁判所 平成4年(ワ)11612号 判決

原告

甲部乙一郎

被告

株式会社ユーマート

右代表者代表取締役

魚崎孝之

右訴訟代理人弁護士

山本晃夫

高井章吾

杉野翔子

藤林律夫

尾﨑達夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金六六四万二五八〇円及びこれに対する平成四年六月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、食品類の加工・販売、特に弁当等の加工・販売を業とする会社である。

2  原告は、平成元年三月被告と間(ママ)で雇用契約を締結し、店舗において、弁当等販売店の店長となるための研修を受けた後、神田店、銀座店、株式会社アルファ企画の成増店、右銀座店、株式会社アルファ企画のおやき竹の塚店の各店長として勤務してきた。

(違法解雇)

3  被告は、平成四年六月二九日、原告に対し、原告を解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。

4  原告は、店長として各店舗の管理運営を誠実に遂行してきたにもかかわらず、合理的な理由を告げられないまま解雇されたものであり、本件解雇は、解雇の合理的理由に欠けるものとして解雇権の濫用に当たる。したがって、本件解雇は、違法な解雇である。

5  原告は、本件解雇により唯一の生活資料である賃金を将来的に断たれ、妻と子二人を扶養できなくなり、原告の年収に相当する金四〇〇万一七二〇円の経済的損害及び原告の年収の半額である金二〇〇万〇八六〇円相当の精神的損害を被った。

(休日・休暇買上げ制度)

6  被告は、平成元年一一月中旬頃の店長会議において、従前定められていた年間休日に加えて二週に一日の休日(以下「本件休日」という。)と、三日間の夏季休暇を付与すること、これを消化できなかった場合には六か月毎に一日につき金一万円で買い上げることを決定し、同月から実施された(以下「本件買上制度」という。)。

7  原告は、平成二年二月以降平成四年六月二九日に解雇されるまで、次のとおり、右6の決定により付与された本件休日に労働し、夏季休暇六日間を消化しなかった。

(一) 平成二年二月以降平成二年七月まで一二日間

(二) 平成二年八月以降平成三年一月まで一五日間(うち三日夏季休暇)

(三) 平成三年二月以降平成三年七月まで一二日間

(四) 平成三年八月以降平成四年一月まで一五日間(うち三日夏季休暇)

(五) 平成四年二月以降平成二年六月まで一〇日間

8  よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求権として金六〇〇万二五八〇円、右6の本件買上制度に基づく六四万円及び右各金員に対する平成四年六月三〇日(前者については不法行為の日の翌日、後者については弁済期経過後の日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による金員を支払え。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4は争う。本件解雇は、後記のとおり、解雇理由のある適法な解雇である。

3  同5のうち、原告が、本件解雇により唯一の生活資料である賃金を将来的に断たれ、妻と子二人を扶養できなくなった事実は不知、その余は否認ないし争う。

4  同6の事実のうち、店長会議において、従前の年間休日に加えて本件休日及び夏季休暇を付与すること、これを消化できなかった場合には六か月毎に買い上げることが決定され、同月から実施されたことは認め、その余は否認する。本件買上制度の内容は、被告の主張2のとおりである。

5  同7の事実は否認する。

三  被告の主張

1  本件解雇の違法について

(一) 被告の就業規則三八条三号に解雇理由として、「就業情況または成績が著しく不良で就業に不適と認められたとき」が規定されている。

(二) 本件解雇理由は、次のとおりであり、就業規則三八条三号の「就業情況または成績が著しく不良で就業に不適と認められたとき」に該当する。

(1) 原告は、田端銀座店勤務のとき、東高円寺店に応援に出ていたときに、女子アルバイトの体に触れるなどしたために、その女子アルバイトがやめてしまった。

(2) 原告は、平成三年八月六日、被告代表者から午前一一時から午後八時までを勤務時間とし、おやき部門に専属するようにとの業務命令が出されたにもかかわらず、これに従わず、しばしば午後四時前から職場を離れ、店長の業務を放棄した。しかも、原告は、終業時刻前に店を離れてしまうことについて、被告役員から何度も注意されたにもかかわらず、これを一向に改めなかった。

(3) 銀座店店長であった平成四年四月頃、原告の接客態度が悪いと、本社へ客からの苦情があった。サザエ食品株式会社(以下「サザエ食品」という。)のフランチャイズ店である竹の塚店店長であった同年六月七日にも、サザエ食品へ客からの苦情があった。

(4) 原告は、竹の塚店店長当時、真っ黒に焦げた商品価値のないお好み焼きをサザエ食品社員の制止にもかかわらず販売し、あるいは商品が切れているのに製造しなかったり、アルバイトのシフト作成を怠るなど、店長業務に対する熱意を欠いていた。そのため、被告は、サザエ食品から店長を交代しない限り同店の運営は不可能であると通告された。

(5) 原告は、竹の塚店店長当時、「こんなに忙しい状態が続くのならやめたい。」と漏らしたり、「疲れた、疲れた。」と口癖のように言うため、被告は、同店のパート従業員から、働く意欲がなくなってしまうとの苦情を受けた。

2  本件買上制度に基づく請求について

(一) 原(ママ)告と社員は、平成元年八月一一日の店長会議において、本件買上制度の内容として、本件休日(法定外休日)及び夏季休暇(法定外休暇)を消化できなかった場合には、本人の申請によって最高一日九時間を限度とし、管理職について時給一〇〇〇円、一般従業員について時給七〇〇円で買い上げる、右の申請手続については、所定の就業カードに月毎に休日出勤をした日及び時間を記入して申請し、六か月毎のボーナス支給時(毎年七月、一二月)に精算するが、申請手続のない場合には右ボーナス支給時までの本件休日及び夏季休暇を消化したものとみなす、との合意が成立した。

(二) 原告は、本件請求に係る本件休日及び夏季休暇のすべてについて、所定の買上げの申請手続を取らなかった。

五  被告の主張に対する認否

1  抗弁1(一)の事実は認める。

2  同1(二)(1)の事実のうち、原告が田端銀座店に勤務していたこと、東高円寺店に応援に出ていたことは認め、その余は不知。

3  同1(二)(2)及び(3)の各事実は否認する。

4  同1(二)(4)の事実のうち、商品が切れているのに製造しなかったことは認め、その余は不知。

5  同1(二)(5)の事実のうち、「疲れた、疲れた。」と言ったことは認めるが、言ったのは二、三度である。その余は否認する。

6  同2(一)の事実は否認し、同2(二)の事実は認める。

第三証拠

書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。

理由

一  本件解雇の違法性について

1  請求原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実及び成立に争いのない(証拠・人証略)の結果(措信できない部分を除く。)によれば、次の事実が認められ、この認定に反する原告本人尋問の結果は措信しない。

(一)  被告は、食品類の加工・販売、特に弁当等の加工・販売を業とする会社であり、その正社員は六、七名で、女子事務員一名のほか、そのほとんどが店長として配属されていた。原告は、被告の店舗で弁当等販売店の店長となるための研修を受けた後、平成二年一月一日から神田店、平成三年一月一日から銀座店、同年七月一日から株式会社アルファ企画の成増店、平成四年一月一日から銀座店、同年五月二七日から株式会社アルファ企画のおやき竹の塚店の各店長として勤務した。株式会社アルファ企画の成増店及び竹の塚店での勤務は、被告からの出向であった。なお、右両店は、おやき及び今川焼きを含む菓子の製造・販売、飲食業を業とするサザエ食品のフランチャイズに加盟し、サザエ食品のスーパーバイザーが二週間に一度の割合で臨店指導を行っていた。

(二)  被告における店長の重要な業務として、商品及びパートタイマーの管理業務があるが、原告の店長としての勤務状況は、商品及びパート従業員の管理能力に欠け、いわば成り行きまかせの店舗運営であった。また、店舗において弁当等の食品の製造・販売を業とする被告においては、接客態度は第一次的なことであるが、原告は、態度やことば使いが横柄、乱暴で、客と喧嘩して揉めるなど接客態度が不良であり、接客業務に携わる従業員としての適格性に欠ける行動があった。原告の具体的な勤務状況は、以下のとおりである。

(三)  成増店において

被告では、店長の勤務時間は、九時間拘束の八時間勤務であったが、その勤務時間帯については、被告代表者の指示のない限り、店長の自由裁量に委ねられていた。被告代表者は、平成三年一一月五日の店長会議において、成増店でのおやきの業績が良くなかったことから、原告に対し、午前一一時から午後八時までおやき部門に専属するようにとの指示をし、その次の店長会議においても、同様の指示をしたが、原告は、右指示に従わなかった。因みに、被告従業員本多喜一が、被告代表者の指示により、午後四時三〇分頃から午後五時頃に合計五回成増店に赴いたところ、原告は、同年一二月三〇日の一回を除いて同店にいなかった。その際、右本多は、パート従業員から「原告は、こんな時間にはいないわよ。近くのパチンコ屋じゃないの。」、「午後五時すぎに原告がいることはない。」などと言われた。また、臨店指導にあたっていたサザエ食品のスーパーバイザーは、原告の店長として勤(ママ)務振りについて、夕方早く帰ったり、商品の品切れを起こしたり、客と揉めるなどの点で、問題があるものと判断していた。

(四)  銀座店において

原告は、銀座店店長当時の平成四年四月頃、注文に返事をしないために聞こえないと思った客が再度注文したところ、強い調子で「聞こえてますから。」と答えたということがあった。被告は、平成四年四月頃、原告の接客態度について、右客から苦情の電話を受けた。また、原告が同年四月末頃おやき竹の塚店から銀座店に応援に来ていた際、来店した得意客が原告の顔を見て、商品を買わないで帰ってしまった。その後に当時の銀座店店長が、右客から事情を聞いたところ、「あの人とは揉めたことがあるので、顔を見たくない。」とその事情を説明した。

(五)  おやき竹の塚店において

原告は、松阪屋ストア内のおやき竹の塚店に店長として配属されたが、成増店当時よりも問題が多くなった。

(1) 原告は、同店オープン時の忙しい最中の午後五時頃に突然「帰る。」と言って、帰ってしまったり、勤務時間中他の従業員に所在を明らかにしないで職場を離れることがしばしばあった。

(2) 原告は、客から「どのくらい時間がかかるのか。」と聞かれて、「いつになるかわからない。」という強い言い方をしたために、その客が商品を買わずに帰ったことがあった。

(3) 原告は、指導のため臨店していたサザエ食品スーパーバイザーが制止したにもかかわらず、焦げたお好み焼きを販売したり、おはぎが品切れをしているのに製造しなかったりした。また、朝早く来店する客から、何時来ても商品が出来ていないと松阪屋ストアに苦情があった。

(4) 原告は、サザエ食品スーパーバイザーの指導にもかかわらず、パート従業員のシフト管理の維持をきちんとしなかったために、パート従業員に混乱が生じ、臨店指導に赴いたサザエ食品のスーパーバイザーは、パート従業員からそのことで苦情を受けた。

(5) 原告は、「こんなに忙しい状態が続くのなら辞めたい。」などと漏らしたり、「疲れた、疲れた。」と言うので、被告は、同店のパート従業員らから、働く意欲を喪失するとの苦情を言われた。また、原告は、女子パート従業員に年齢を聞いて、同従業員が答えないでいると、同従業員の履歴書を持ち出してきて、そこに記載されている年齢を大声で読み上げたために、同従業員は、原告とは一緒に働けないと言って、同店をやめるに至った。

(6) 臨店したサザエ食品スーパーバイザーは、原告から「松阪屋から言われたので閉店する。」と言われて、松阪屋ストア事務所に確認したところ、松阪屋から「そういうことは一切言っていない。そういうことでは困る。」と苦情の申入れを受けた。

(六)  原告のおやき竹の塚店における右(五)のような勤務状況から、サザエ食品は、営業を拡大するどころか、このままではサザエ食品の信用問題にもなりかねないと判断して、平成四年六月、被告に対し、原告は店長として不適格であるので、店長を交替させて欲しい旨を申し入れた。これに対し、被告は、平成四年六月二九日の役員会において、原告の扱いを審議し、被告代表者は、「原告を交替させたいけれども、今までのこともあり、原告の持って行き場がないのでやめてもらう。」との意向を示し、特に異議が提出されることもなく、原告の解雇が決定された。

3  被告の就業規則三八条三号に、解雇理由として「就業状況または成績が著しく不良で就業に不適と認められたとき」が規定されていることは、当事者間に争いがない。

右2で認定した事実によれば、原告の店長としての勤務状況は、商品及び従業員の管理能力に欠け、接客態度も不良であって、店舗において食品の製造、販売を業とする被告の従業員としては不適格というほかないから、右の就業規則三八条三号に該当するものと認めるのが相当である。

そして、店舗の責任者としてその運営にあたる店長には商品及び従業員の管理能力、接客態度の資質が第一次的に要求されるところ、原告は、これらの能力及び資質に欠け、その程度が被告の経営に影響を及ぼす程度にまで達していたうえ、店長以外への配置転換も困難であったと認められるから、本件解雇は、合理的理由があるものとして、解雇権濫用には当たらないものと解するのが相当である。

4  したがって、本件解雇は、合理的理由のある適法なものであるから、本件解雇が合理的理由のない違法なものであることを理由とする原告の不法行為の主張は理由がない。

二  本件買上制度に基づく請求について

1  本件買上制度について、(人証略)の各証言、弁論の全趣旨によれば、平成元年八月一一日の店長会議において、使用者と社員との間で、従前に定められていた年間休日(四週四日、年末年始、祝日一四日間、合計六六日)に加えて二週に一日の本件休日と、三日間の夏季休暇を付与する、やむを得ず本件休日及び夏季休暇を消化できなかった場合には、本人の申請によって最高一日九時間を限度として、管理職について時給一〇〇〇円、一般従業員について時給七〇〇円で買い上げる、右の申請手続については、所定の就業カードに月毎に休日出勤をした日及び時間を記入して申請し、六か月毎のボーナス支給時(毎年七月、一二月)に精算する、申請手続を取らない場合にはボーナス支給時までの本件休日及び休暇を消化したものとみなす、との合意をしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  本件休日の買上げについて

原告は、平成二年二月以降平成四年六月二九日に解雇されるまでの本件休日の全部について労働を提供したと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

原告本人は、右主張事実に沿う供述をし、原告が現に休日労働を一部履行した事実が窺われなくもないが、前記の原告の勤務状況に照らせば、仮に原告が休日出勤していたとしても、現実に九時間拘束八時間の労働をすべて履行したとは考え難く、原告が所定の就業カードに月毎に休日労働日及び時間を記入して申請する手続を一度も取っていない以上、現時点では原告の休日労働の有無、日及び時間をもはや具体的に特定することは困難というほかないから、原告の右供述をそのまま信用して、原告の右主張事実全部はもとより、その一部をも認めることはできない。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、本件請求に係る休日労働に対する賃金支払を求める原告の請求は理由がない。

3  夏季休暇の買上げについて

原告本人尋問の結果によれば、原告は、平成二年度及び平成三年度の夏季休暇を取得しなかったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、本件買上制度の内容として、六か月毎のボーナス支給時までに買上げの申請手続をとらないときには休日及び夏季休暇を消化したものとみなすとの合意が成立したことは、前記のとおりであるところ、一二月のボーナス支給時の時点では、買上げの対象となる夏季休暇は既に消滅しているから、右合意は、夏季休暇の買上げに関する限りでは、一二月のボーナス支給時までに所定の申請手続をとらないときには、夏季休暇の買上げを請求できなくなる趣旨のものと認められる。右のような内容の合意が有効であることは、本来、使用者には、特段の合意のない限り、消滅した休暇を買い上げる義務がないことからみても明らかである。

そして、原告が、平成二年一二月及び平成三年一二月の各ボーナス支給時までに各年度の未消化の夏季休暇の買上げの申請手続を取らなかったことは、原告の自認するところである。

したがって、原告の被告に対する夏季休暇の買上げ請求は理由がない。

三  以上によれば、原告の本件請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用に(ママ)負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本宗一)

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